負荷をかけるということは、望める期待も大きいが、覚悟が必要だし限界を超えてはいけない。

今日も今日とてジョギング中に考えたこと。

話は昨日のジョギングについてから始める。

 

 

昨日ジョギングをして、僕はこう感じた。

 

「もう少し走るスピード速くしてもいいかもしれない」

 

昨日30分間走り終わった時、まだ走れる体力が残っているなという感覚だった。

そのためこのように考えた。

(ジョギングというより負荷的にはランニングと言った方がいいのかもしれないと思ってきた。なんか心拍数とかから判断基準があるみたいなので調べておきます。今日はとりあえずジョギングで。)

 

そして今日。

 

実際に、昨日までより少しペースを上げて走ってみることにした。

 

するとどうだったか。

 

僕は毎日、同じコースをずっと何周もするようなジョギングをしていて、8周するとちょうど30分経過するくらいだ。

 

 

序盤は難なくいつもより速いペースで走ることができた。

 

しかし、だんだんと体に力が入りにくくなっていき、少しずつぺースが落ちていくのがわかった。

 

そして、露骨に「走るのがキツイ、やりたくない」という負の感情が、それほど大きくはないが、少なからず芽生えてくる。

 

だが自分で設定した課題なので、ネガティブな気持ちになりながらも、求めている状態へと強引に心を奮い立たせ、入らない力を振り絞ってなんとかペースを維持しようと頑張った。

 

最終的に、いつもは8周で30分のところ、8周しても30分立たなかったため、9周目を走って31分くらい走っていた。

 

だが、走り終わった時の疲労感は、当然だがいつもよりも大きなものだった。

 

 

ここでタイトルの話が出てくる。

 

いつもより僕は走る上での負荷を大きくした。

 

そうすることによって、筋力や心肺機能、呼吸器官の増強がおそらく見込める。

(全く詳しくないですけど多分そういう効果がある。)

 

しかし、負荷を大きくすることに伴って、ネガティブな感情が芽生えた。

 

「やりたくない。こんな辛いことする必要ある?」

 

しかしそれでも僕は、自分を奮い立たせ、なんとかやり切った。いつもよりいい記録を出した。

 

ここから何がわかるか。

 

 

負荷を大きくしたことによって、やっている最中にいつもはほとんど現れなかった強い負の感情が芽生えた。

そしてその感情に流されず、なんとか自己ベストを出した。

 

しかし、僕がもう少し心が弱かったらどうだったか?

 

ネガティブな感情に負けてしまい、途中で走るのをやめてしまう、つまり「逃げ」ていただろう。

 

自己ベストなんてでるわけがない。

 

しかし、人間にはネガティブな感情に従う必要がある場合だってある。

 

ちょっと考えればわかるが、僕が体操選手のように両足が一直線になるくらい開脚をしようとしてもできないし、それを無理やりやろうとしても痛すぎるし、強引に上から力をかけられて足を広げさせようとしたら、体が壊れてしまうだろう。

 

人には体を維持する程度の「限界」が存在する。

 

開脚していくと痛すぎて無理無理無理!となる段階がやってくる。

 

そのネガティブに従わずに無理やりやってしまうと、体が壊れる。

 

これは心でも同じことだと考える。体と心は連動している。そういうことについて考察してきた先人たちはたくさんいるだろうし。昨日の僕の記事だってそうだ。

 

何かを上達させたいと考えた時、今の自分にできないことをできるようにしようとしていく。

しかしその時、スパルタで厳しく負荷を大きくして指導してもらったり自分で取り組んだりすると思うが、気をつけて欲しい。

 

確かに上達するためには上を目指して期待が大きい負荷の大きいトレーニングや考え方取り組み方をしていくと思う。

 

身体的にできることであれば、覚悟さえあればうまくいくと思う。しかし逆を言えば、身体的にできることであっても、覚悟や気構え、心の強さ、そう言ったものの程度によっては、限界を超えてしまって精神が崩壊してしまう可能性もあるということだ。

 

ただ、逆の言い方をすれば、覚悟さえあればうまくできることだってある。

 

自分にはどれだけの覚悟があるのか、身体的にはできることなのだろうか、あとは精神的な課題を克服すればうまくいくのか、そもそも身体的に不可能なことをしているのか。

 

「身体的に可能かどうかと、精神的に可能かどうか」をしっかりと考えることが、何かに取り組んでいく上で大切なことなのではないだろうか。

 

 

スマブラに落とし込んでみよう。

 

スマブラは「操作面」と「精神・思考面」があると思う。

 

操作面はわかりやすいが、例を挙げると「コンボ、小ジャンプ、攻撃を出すタイミング、崖奪い、空ダ、ガーキャンなどなど、と言った操作ができるかどうか」

 

精神・思考面は「自分にはどういう選択肢があり、それぞれにはどういうリスクがあるのか、そしてその中からたった今、どの選択肢を選ぶのか、リスクが高いけど今はこれを選択するべき時なのか・・・と言ったことをどう考えているか」

また「対戦中のメンタル」や「スマブラに対してネガティブかポジティブか」みたいなことも含む、という感じだろうか。

 

上手い人と対戦する時、操作面ではそれほど劣っていなくても勝てないということがあると思う。(もちろん大切な操作はできるようになることが大事だ。また、できない操作があっても、使用頻度が低い操作などは後回しにしてしまってもいいという場合もある可能性もある。)

 

お互い対戦する上で重要な操作精度に違いがなくとも、なぜか負けてしまうのだとしたら、それは「精神・思考面」で劣っているという分析ができると思う。

 

そして、思考をした上で操作をしなければならないので、操作面と精神思考面は密接に関わっているのだ、

 

操作しつつ思考、思考しつつ操作、操作と思考が結びついている。精神と体の結びつき。それが実践か。

 

終わりに

 

さて、なんだかだらだらとした文章だったと思う。

 

だが、なんとなくでも言いたいことが伝わっていただければと思う。

 

しかし自分でもうまくまとめて表現できていないことは、あまり納得はいかない。

 

今後も頑張って言語化精度を上げていこうと思う。

 

お読みいただきありがとうございました。

 

ではまた。